常連は世話になってる模型店でミニ四駆のパーツを買うのが嗜みってもんだ、と誰かが得意げに話すのを聞いたことがある。大手電気店とかの方が大抵は安く売ってるから、あんま高く付くときはそっちで買うこともあるが・・・今日はその買い物で試したいこともあるしで、朝一からガーデン日吉に向かっていた。正直財布の事情より、そういうことを気にするようになったこと、つまり、行きつけの店と呼べるようなとこがあるっていう安堵感の方が、今の俺には大きかった。



 十時開店のところ、俺が到着したのは十一時前。ガーデン日吉の庭のほうからはすでにマシンが走る音が聞こえていた。俺が店のドアに手を掛けたところで、その音が一旦止む。
「それ速いんじゃね?」
「まぁ、思ったより悪くないな。」
 ユッケさんとNコードさんの声が聞こえる。二人が勝負してたんだろうか?
「おはようございます・・・あ、壮太も。」
「お、いいとこ来たな!」
 と返した壮太は荷物を担いだままで、今のレースに参加していたようには見えない。チェッカーラインのそばにはユッケさん、Nコードさん、そしてマスターが立っていた。
「おお、依酉君かいらっしゃい。いやぁ、やられたなぁ。」
 店長の手にはタイガーザップという、これまた第二次ブームの頃の古いマシンがあった。
「え、店長もマシン走らせるんですか?」
「そりゃあこれだけのコースが目の前にあるんだ。平日誰もいないときなんかは走らせ放題だしな。」
 シャーシは俺のと同じTZX、大径タイヤにアトミックチューンモーターで、おそらくぽん組。ボディのタイガーザップは、追加されたリヤウイングも含め全身肉抜きされ、その表面をシールで塞いだ、張りぼてのような様だった。カバードフレームってやつだろうか。そして、キャノピーはクリア、その奥にはGPチップが。
「それ、神楽さんのマシンみたいですね。」
「ああ、こいつは新宿の頃からの愛車でな。普通は肉抜きしたらメッシュとか張るが、あれだとキャノピーがエアポケットみたいになるからな。大した空気抵抗にはならないはずなんだが、冴ちゃんは嫌がってな。それでポリセームとかクリアファイルを張るようにしたらしい。カバードフレームもおんなじだ。見た目だけじゃない、軽量だし理に叶ってるんで、やらせてもらってるよ。」
 クリアキャノピー奥のGPチップには【SOG0000A】とある。なるほど、新宿オフィシャルガーデンの最初のチップってことらしい。さて、そのタイガーザップの対戦車はというと、ユッケさんが持つのは前回の日吉定例大会、オープン部門の優勝車、MS井桁小径トルクチューンのネオファルコン。そしてもう一人、Nコードさんの手にもマシンがあった。
「・・・え?Nコードさん、それって。」
 マシンを走らせるどころか、弄っているのも持っているのも見たことがないNコードさんのその手に、今、一台のマシンがあった。
「私のマシンだ。」
 ウイニングバードと呼ばれるマシンのクリアボディをベースにした、白いマシン。シャーシはスーパーX、タイヤは小径、おそらくモーターはレブチューンだろう。そして一際目を引く、変わった形状のリヤバンパー。FRPワイドプレートが斜め前に飛び出るように取り付けられ、リヤローラーはリヤタイヤの横合いにある。カウンターブレード、と勝手に呼んでいる、俺のマシンと同じセッティングだ。
「そのリヤバンパー・・・、」
「少し試したいことがあってな。君のセッティング、積極的に取り入れさせてもらった。」
 少し、意外だった。正直強度不足だし、人にお勧めできるようなセッティングじゃないと思っていたんだが、何か考えがあるんだろうか。実際、今の勝負では十分速かったような声が聞こえたが・・・まさかユッケさんのマシンより?
「これで勝ったんですか?今のレース。」
「いんや。ユッケさん、Nコードさん、マスターの順。」
 と、壮太が答えた。
「さすがにユッケのマシンを相手するには、このぽん組じゃ足りないさ。」
「でも、俺の大径じゃ歯が立たなかったがな。あんだけブランクあったくせに大した奴だよ、お前さんは。」
 見た感じ、マスターのマシンがそんなに遅いとは思えない。その口振りからしても、本当に速かったんだろう。それから、Nコードさんは俺に向き直って言った。
「ところで翔司郎、頼みがある。」
「え、俺ですか?」
「このプロトブレイカーZ-Xと、一勝負して貰えないか?そのドライブウイングで。」
「・・・神楽さんのマシンだから、ですか?」
 同じだ、伊緒や奈緒が挑戦してきたのと。Nコードさんも、神楽冴最強のマシンとされたこいつとの再戦がお望みなんだろう。だからといって悪い気はしないが、少々複雑な気分ではある。そんな俺の心情を察してかわからないが、Nコードさんは続けて言った。
「それもある、が・・・今は何より、君とレースがしたい。冴の選んだ継ぎ手でもある、君の育てたドライブウイングと、だ。これはそのためのマシンとして、パーツ無加工で組んだ。君たちを試すため・・・そして、私自身を試すために、な。」
「よっしゃ!その勝負、混ぜて貰っていいんだよな?」
 当然だろうと言わんばかりに、壮太も名乗りを上げる。
「もちろんだ、壮太。このマシンはそのためにある。」



 天気はいいが、秋も終わりに近いから少し肌寒い。俺はコートを着込んだまま、庭のテーブルでセッティング変更に取り掛かった。まずは今日のお目当て、オフセットトレッドタイヤを買った。これはタイヤ断面を見ると山型で、その頂点がホイールの内側寄りになっている。接地面が小さいしトレッドも短くなるから、コーナーでの路面抵抗を最小限にできる。普段使ってるバレルタイヤより、いずれの点でも有利なはずだ。これで速度性能は上がるはずだが、そうなると安定性の不安はある。そこで、俺はフロントローラー下のスタビヘッドを路面から1mmとなる位置まで下げて、レーンチェンジの登りなどで擦らせることにした。先日のホビーショップよもぎでは、これにより壮太のマシンの安定性が改善したからだ。
「翔司郎、まだー?」
 特にセッティング変更がない壮太はメンテをすでに終え、急かしてくる。
「・・・すみませんNコードさん、も少し時間を。」
「いい。納得がいく状態で臨んでほしいからな。」
 Nコードさんは店内のカウンターで、店長のコーヒーを啜りながら待っている。セッティング変更後、とりあえず程々の状態で完走できるのは確認していた。お次はメンテして、フル充電でのタイムアタックだ。俺は赤ランプが消えた充電器から1000mAニッケル水素を外し、それがほんのり暖かい内にマシンへセットし、チェッカーラインのいくらか手前からマシンを投入した。
 走りは快調だ。軽量な1000mA充電池のおかげか、大型バンクの登りで減速する感じはない。オフセットトレッドタイヤの効果はよくわからなかったが、しかし最高速は上がってるように感じられた。そして三周目のメインストレートから折り返した直後が、問題のレーンチェンジブリッジだ。
「・・・よしっ!」
 クリアした、そして危なげには見えなかった。ラップタイマーをくぐったところでマシンを引き上げる。タイムは9.76秒、俺としては目覚ましい結果だ。ピンクのクラウンギヤは新品、ギヤボックス内の余計なオイルも清掃して、駆動系の状態はいい。まさしく現状ベストの走りだった。しかし、以前Nコードさんに目指せと言われた9.5秒には、まだ及ばない。
「・・・ところで、Nコードさんのマシンのタイムって、」
「あれ結構速いんじゃね?確か、」
 ユッケさんが言いかけるのを、Nコードさんが遮る。
「いや・・・ユッケ、言わなくていい。今は勝負の前、不要なプレッシャーか油断を与えるだけになる。翔司郎、それはレースで確かめるといい。」
 その時、店のドアが開く音が聞こえた。そして、
「あ、やっぱいた。」
「マスター、久しぶり。ユッケさんと、こー兄も。」
 振り返ってみると、新客は御堂姉妹、伊緒と奈緒の二人だった。
「よお、伊緒ちゃん奈緒ちゃん、いらっしゃい。」
「お前ら!・・・え、店長知り合い?」
「んー?そりゃそうだ、新宿オフィシャルガーデン以来のな。」
「新宿?」
 新宿オフィシャルガーデン、マスターがガーデン日吉を開く前に働いていた、メーカー直営店・・・かつて御堂姉妹と、あの神楽さんと、そしてNコードさんがホームサーキットとしていた店だ。
「・・・でもお前ら、日吉の常連って訳じゃないのか?」
「大会来てねーよな?見たことねぇし。」
 俺より日吉通いが長い壮太が言うんだから、実際ほとんど来てないはずだ。
「月一くらいは顔出してるわよ。」
「先月、来たっけな・・・?」
 と店長も言うんだから、稀なんだろう。ユッケさんも同感のようだ。
「もっぱら自由が丘のヤクモ模型とか、有楽町オフィシャルガレージにいる方が多いんじゃね?あ、自由が丘の方が家近いんだったっけか?」
「それもあるけど・・・こっちはマスターもこー兄もいるから、あたしたちは他に当たってる。それだけ。」
 伊緒が言っている意味は、わかる。ジュニアレーサーのフォローとか、そういう活動を指しているんだろう。
「しっかし二人とも、こんな時間から揃ってうちに来るってのは珍しいな。」
「来てやったわよ。あんたたちのホームサーキットで勝負してあげようと思って、わざわざね。」
 奈緒は俺と壮太に対して言った。常連というには日の浅い俺にとって、そう走り慣れたコースって訳でもないんだが。
「お、いいな!よーし、返り討ちだぜ。」
「あんた、あたしに勝てる気で・・・それ、」
 言いかけて黙った奈緒の視線の先、カウンターのテーブルにあるのは、Nコードさんのあのマシンだ。

「そのウイニングバードアドバンス、まさか・・・こー兄、復帰したの?」
 奈緒も伊緒も、そのマシンには見覚えがあるようだった。あの頃からの愛車なんだろう。
「・・・ああ。」
「これから復帰祝いで、依酉君と壮太相手に一戦おっぱじめようというわけさ。」
 とマスターが言うと、二人は解せない様子で口々に言った。
「はぁ?なによその急展開!てっきり、いつもみたくお茶しに来てるだけかと思ったら・・・。」
「こー兄・・・冴ねぇとの再戦がお望みなら、まずあたしたちを相手にすべきなんじゃ?」
「まてまてまて!オレと翔司郎が先約アリ。順番だ順番、わかる?」
「あ、俺はこれからまだメンテなんで・・・なんなら、先にやってもらっても構わないぜ。」
「ちょっ、何言ってんだ翔司郎?」
 先にNコードさんのマシンの実力を見てみたい、というのもあり、ここはあいつらに当て馬になってもらうことにした。
「・・・いいだろう、準備してくれ。」
「でもこー兄、それ、小径レブチューンなんじゃ、」
スーパーFM大径に遅れをとることはない、とだけ言っておこう。」
 言われた伊緒は、真剣な顔を見せた。Nコードさんの自信めいた発言がハッタリじゃないことを、奈緒もまた感じ取ったようだ。
「・・・ふーん、すっかりご隠居様かと思ったら、言ってくれるじゃない?」



 どうぞお先にと言ったつもりが、二人は俺以上に念入りにメンテを始めた。奈緒はその場で中空プロペラシャフトを買って交換、歯先が欠けやすいピンクのクラウンギヤもやはり替えていた。ところでユッケさんはというと、ひたすらラジコン用充電器と睨めっこ。電池を最適な状態にするため、一度放電してその場で最初から充電し直す、というのが、カツいレーサーのタイムアタックのやり方らしい。マシン自体のメンテはとっくに終わり、暇な感じではあった。
「あー、壮太は四年生だっつったっけか?」
「うん・・・あ、お前らは?」
 それには伊緒が答えた。
「今年で卒業。」
「・・・ところで、どっちが一応姉になるんだ?」
「それは聞かない約束よ。」
 と奈緒が即答する。こいつの性格から察するに、なんとなくわかった気がしたんで、それ以上は言及しないことにした。
「あ、したら受験勉強とかやんなきゃまずいんじゃね?イマドキの子ってさ。」
「世田女の付属はそのまま上行けるから、特にやること無いし。」
「世田谷女子学園?あのお嬢様学校の?」
 その付属小学校といえば、さらに名門中の名門。中学受験で苦心した俺からすれば、ちょっと想像しがたい環境だ。・・・まぁ、このお嬢様方がどんだけすごい経歴の持ち主でも、今更驚かないが。
「そんならいいけどよ。しっかしそのマシンとか見てると、なんっつーか・・・ホントに小学生かって思うじゃん?」
 御堂姉妹はそれなりのキャリアがあるからとしても、壮太は俺よりミニ四駆歴は確実に浅いはず。それであの実力と知識量だ。頼もしい一方で、最近は引けを感じなくもない。
「あ、ヨックもよく頑張ってるじゃん?・・・ジョークじゃなくって、マジでさ。」
「え、ええ・・・。」
 ユッケさんはふと俺に気づいてか、そう足した。
「歳は関係ない、ということだ。今この時、走り込んでる者ほど先へ行く。そういう意味では、私の方が幾分不利なのかもな。」
「よく言うわよね、負ける気なんかない癖してさ。ハンデまで付けちゃっといて。」
 奈緒が茶化すように言うと、しかしNコードさんはこう返した。
「言っておくが、レーンチェンジの難易度が高いこのコースなら、小径レブは決して不利な訳じゃない。それに、君らに絶対勝てるマシンだとも思っていない。・・・だから、楽しみなんだよ。」
 小径ほどレーンチェンジはクリアしやすいから、その分安定性のために速度を犠牲にしている部分を弄れる余地が生まれるのかもしれない。例えば、フロントローラーのスラスト角を落とすなど、だ。
「プロトブレイカーZ-X・・・第二次ブームの頃、こー兄が勝負マシンに使っていたボディだ。それなりに本気なんだろう。」
 伊緒は俺らのそばでしゃがみ込み、コース内にマシンを置きながら言った。コーナーの壁に沿わせながらマシンを少し傾け、上下二段になっているリヤローラーの当たり方を見ている。壁の開き具合をチェックしてるんだろうか。
「Nコードさんって・・・やっぱ、すごいレーサーだったんだよな?」
 その佇まいと周囲の反応からそうなんだろうとは思うが、まだ一度もマシン走らせてるのを見たこと無いわけで、過去の武勇伝も特に聞いたことがない。
「廃園の住人、その筆頭だ。特に、あの人の井桁マシンは全国でもトップクラス、当時は冴ねぇ以上に名が知れたレーサーだった。」
 それだけ言われれば、納得がいく。しかし、納得がいかないこともある。
「そんな人がなんで、何年もマシンを封印することに・・・。」
 俺は無粋なことを言い掛けたと思い、言葉を止めた。前に伊緒と奈緒から聞かされた、新宿オフィシャルガーデン閉鎖のいきさつに絡むだろうことは、容易に想像できるというのに。それが聞こえてか、Nコードさんは言った。
「たぶん、何のために走りたいのか・・・それがわからなくなったから、だろうな。だが・・・、」



 ようやく姉妹はマシンのメンテを終え、本気モードの電池を炊き上げた。
「三周勝負・・・私はミッドレーンにさせてもらおうか。」
 二周目にレーンチェンジブリッジを通過するから、加速不足の一周目、電池が落ちかける三周目に比べれば、確実に速度が乗った状態である場合が多い。
「伊緒ちゃん、」
「わかってる、アウトは奈緒に譲る。」
 二人は阿吽の呼吸でレーンを決めていた。SFMシャーシでレーンチェンジに自信ある、伊緒のファルシオンがインレーン。少し危なげな挙動を見せるスーパー1シャーシの奈緒のクレイモアがアウトレーンで、スタート後すぐにレーンチェンジに入る。コースはこれまで通りで、ストレートレーン四枚の後、ウェーブ一枚を挟んだ左コーナーで折り返しレーンチェンジ。その後右コーナーでまた折り返し、右回りの大型バンクを越える。降りた後は連続コーナーで振られ、最後に左コーナーを折り返してチェッカーラインへ戻る。
「いよいよ始めるかい?」
「んじゃま、MCは俺がやっとくか?」
 マスターはコーヒー片手に観戦、ユッケさんがスタートの合図を取る。
「お三方、スイッチオン・・・3、2、1、ゴー!」
 スタート直後、速度が乗り切らないままコーナーを過ぎ、奈緒のクレイモアが余裕でレーンチェンジブリッジを越える。
「・・・奈緒、せこくね?」
 壮太がボソッと漏らす。確かにこのコースのアウトレーンスタートは、そう言われても仕方ないポジションだ。が、
「作戦だろう、決めたのは伊緒だ。」
「さぁてトップは伊緒ちゃん?続いて奈緒ちゃんとNコードさん競り合いって感じじゃね?」
 あの二人がそうまでしないと勝てない速さなんだろうか?しかし確かに、三台はひたすらもつれ合っていた。一周目後半の連続コーナーでは、Nコードさんのプロトブレイカーが奈緒のクレイモアに対し、わずかにリードを保っている。それにしてもだ・・・。
「あのリヤバンパーで、あそこまで走れるってのか?」
「あー、ヨックのとおんなじじゃん?珍しいやつね。」
「あれどー考えても強度なさ過ぎる気がすんだけどなー。レーンチェンジとかで角度変わって姿勢乱れるんじゃ?」
「あのNコードさんに限って、そんな抜かるかってーと・・・。小径だからレーンチェンジそんな危なくねーじゃん?あと、小径ならたぶん10gくらい軽いし、何とか耐えられる、とか。」
「え、10gも?」
 俺らのぽん組マシンは、電池抜きで100g弱。その一割というと直感的には馬鹿にならない重さだ。
「重たいゴムタイヤが単純に小さいし。スーパーXは駆動系効率いいけど、ホイールベースもトレッドも長いからこういううねうねしたコースじゃ不利じゃん?リヤローラー前寄りにして、ちっとでもコーナーでマシン内側に向かせたいんじゃね?」
 タイヤの間隔が前後も左右も広いから、安定はするけど小回りが効きにくいのがSXシャーシの特徴だ。俺愛用のカウンターブレードならユッケさんの言う通り、コーナーでの回頭性はよくなるはず。それで補うつもりなのか?
「さぁ二周目のレーンチェンジ、危なげなくクリア!・・・な?」
 プロトブレイカーZ-Xは少しも挙動を乱すことがなかった。そして一旦は着地で減速するが、それでも他の二台にほとんど並んでいる。
「・・・やべ、ありゃ速いよ。小径なのに。」
「小径って軽いし、ローラー位置ちょっと低いからさ、コーナーとかのフェンスのたわみが小さくなるじゃん?それで速くなるって言う人もいるしで・・・実は、思ったほど遅くなんねーんじゃね?」
「なるほど・・・。」
 フロントにスライドダンパーを付けると極端に遅くなることから、逆にバンパーが堅いほど速くなるってのはわかる。フェンスがたわまなければ、それと同じ効果が得られるのもわかる。しかしそうなると、ホントに小径の方が有利にすら思えてくるが。
「うちのコースだったら、駆動効率さえよけりゃ小径不利ってこたないんじゃね。さぁここで三周目のレーンチェンジ!・・・伊緒ちゃん遅れた!このまま決まるか?」
 トップを行くのはプロトブレイカーZ-X、これにクレイモアが追いすがり、ファルシオンも続くが、
「ここでゴール!っと。」
 マシンを引き上げ、Nコードさんは言った。
「壮太、翔司郎・・・待たせたな。十五分後に始めよう。」



 俺はプロペラシャフトのギヤの位置、つまりクリアランスをもう一度、入念に調整した。遊びが大きければ他のギヤに接触、遊びがなければ軸受けの壁に圧着して、これも抵抗になる。走行中と同じく、電池入れて車体が若干歪んだ状態でチェックする。あの二人が、敗れた。Nコードさんの本気具合を伺い知るには、それで十分だった。
「無様に負けるんじゃないわよ。」
 おもむろに、奈緒が言った。
「気の利いた応援ありがとよ・・・ま、やってみるさ。」
「そのマシンは・・・ドライブウイングはね、メーカー公認大会でこそ優勝してないけど、草レースじゃ冴ねぇの最強マシンだったんだから。軽量だし、どんなセッティングの邪魔にもならない、お手本みたいなボディ・・・だから何か新しいことやるにも、冴ねぇは必ずドライブウイングで試してた。常に冴ねぇと共にあった愛機・・・あんたが託されたのは、そういうもんなのよ。」
 最初に会ったときのツンケンした態度のわけが、わかってきた。そんだけ思い入れの強いマシンを見ず知らずの俺が持ってたことが、奈緒には納得し難かったんだろう。このマシンは神楽さん同様、二人にとっての憧れなのかもしれない。
「それも、わかってる。俺はそれに応えたいと思ってた。でもホントは、こいつが常に俺に応えてくれてたような・・・今は、そんな気もするよ。」
「・・・ふん、いっちょまえに言うじゃないの。だったら、あんたも応えてみせなさいよね。」
 スタートの時間が近い。俺は店内のコンセントに向かった。俺の充電器の隣には、Nコードさんのもあった。俺や壮太のと全く同じ家庭用急速充電器で、見るからに真新しい。ちょうど、俺の充電器から赤ランプが消えた。充電池を取り出し、炊き上がりの温もりを逃さないよう手の内に握る。開始時間まで二分弱、いいタイミングだ。壮太も覗き込んできて、自分の充電池を取り上げる。
「よし、充電完了っと!さ、いつでもいいぞ?」
「まぁ待て、時間きっかりに始めるのが礼節というものだ・・・そろそろだな。」
 程なくして開始一分を切った頃、Nコードさんの電池も炊き上がった。



「それじゃあアウトは壮太、ミッドはNコードさん、インはヨックで準備OK?スイッチオン・・・3、2、1、ゴー!」
 レーンチェンジに一定の自信があった俺は、壮太にアウトレーンを譲った。ますは俺のドライブウイングとNコードさんのプロトブレイカーZ-Xがほぼ並び、壮太のエスペランサがレーンチェンジ越えでわずかに遅れる。連続コーナーを終えて二周目に入ったとき、ドライブウイングはわずかにリードできていた。
「さぁヨックのマシンがトップじゃね?そんでお次のレーンチェンジは・・・Nコードさんクリア!でも差が開く!」
 壮太のエスペランサはまだプロトブレイカーに追いついていない。いささか遅れ気味か?コースは八の字だから、インアウトの差はあまり出ない。一度もレーンチェンジブリッジをクリアしてない俺のマシンが、もっともロスが少ないからトップにいるだけだ。最後のレーンチェンジで誰が抜きんでるかで、たぶん勝敗が決まる。
「さぁこのままヨックが逃げ切るか?」
 バンクの後の連続コーナーで、じわりと差が詰められた気がした。プロトブレイカーZ-Xの方が、動きが軽いというか、切れがいいような気がする。そして、ローラーや駆動系の抵抗が少ないマシンの特徴とされる、後半ほど速度が乗ってくる感じ・・・。はっきりと言えないが、直感的にでもそんな風に見えたことに、俺は微かな危機感を覚えた。
「最後のレーンチェンジは・・・いいんじゃね?しかし!」
 着地の隙に、プロトブレイカーがトップに躍り出る。エスペランサには抜かれなかったが。しかもその後のバンクで、ドライブウイングが再加速しきれてない感じがする。
「本格的に、ヤヴァい・・・。」
 このタイミングにレーンチェンジで減速してから、最高速に戻るのは厳しい。そのもたついた感を引きずったまま、連続コーナーでプロトブレイカーを追いかける。そしてドライブウイングがイン側となるゴール直前のコーナーが、最後のチャンスだ。
「チェッカーラインをトップで抜けるのは!?」
 ・・・順位はそのまま、変わらなかった。直線レーン一枚分の差だった。



「なるほど。腕、鈍っちゃいないよーね。」
「全くマシンをいじってなかったわけじゃない。が、走らせるべきマシンが見えなかった、それだけだ。こいつはやっと見いだした、今辛うじて作れる、唯一の形だ。」
「悔しいけど、ソードブレイカーは健在、か・・・。」
「え、なにが無礼かー?」
 相手の剣の刃先を折るための引っ掛けが付いた剣のことだ。なんかのRPGの攻略本で見たから知ってる程度で、壮太がピンとこないのも無理はない。
「かつてこー兄のブレイカーシリーズは、冴ねぇのクレイモアとファルシオンを破ったことがある。故に、そんな風に言われることもあった。残念だけど、あの頃のあたしたちはそれを払拭できなかった。」
「だが、とうとう冴のドライブウイングにはぽん組で勝てなかった。」
 俺は、そういう黒星を付けてしまったらしい。あの日、神楽さんが、こいつが見せてくれた可能性に、結局俺は応え切れていないということか。俯き気味の俺らに、しかしNコードさんは言った。
「・・・それでも、君らのマシンはあの頃より確実に速い。それは、君たちにしかできなかったことだ。」
「え?」
「翔司郎、冴の見立ては正しかった。託す相手を間違えれば、ドライブウイングはとっくにガラクタとして朽ちていたかもしれない。だが今、今なおこうして、こいつは走り続けている。君のマシンとしてな。」
 そうだ、従姉妹にマシンを託すのとは違う。あの日神楽さんは、見ず知らずの子供に、一番大事なマシンを託したんだ。そういう意味を持つことだってのは、幼いなりに感じていた。だから俺は、それに少なからず応えてきたはずだ。
「君らの走りを見届けるため、今こそ私はサーキットへ戻ることにしたい。・・・そういうわけだ、よろしくな。」

「当然よ、勝ち逃げなんかさせないんだからね!」
「今日のは復帰祝いってことにしておくけど・・・次は譲らない。」
 奈緒と伊緒は負け惜しみを含みながら言った。
「んじゃー、どんどん相手してもらおっかな!」
 9mmベアリングローラーとか、ワンランク下の装備であれだけ迫ってくる壮太も侮れない。そんな手強い連中を相手に、俺はまだまだ先へと走り続けるんだろう。・・・たぶん、こいつのためにも。





次回予告

壮「オータムGP3rd!年間チャンピオン戦までもう幾らもチャンスないぞ?」
翔「さすがに立体専用マシンでも用意するか、そろそろ・・・悩ましいな。」
奈「ま、諦めるのねー。あたしに勝てるかもわからない人たちは。」
壮「へぇー言うじゃん?その奈緒お嬢様は優勝したことあんのかよ?」
奈「今回優勝!・・・の予定よ。」
翔「あー、そういう予定の話はいいんだけどよ。ところで、伊緒は?」
伊「あたしはパスだ・・・ちょっとね。」
壮「次回エアーズ、Flag013【オータムGP3rd開催!栄光への切符】」
翔「チェッカーラインを見逃すな!・・・伊緒、ホントに不参加でいいのか?」
伊「あたしが走るべきレースは、他にある。」



Nコード「この物語はフィクションだ、そういう奇跡性を含んでいる。・・・君達にも、大事なマシンはあるか?」